子供の頃の祟り体験(笑)から学んだ祟りの世界とは!?

スピリチュアルと魂の成長

久しぶりのホームページの投稿です。

ある意味罰当たりにも(笑)を入れてしまった!
ただ当時は本当に恐ろしく二度とこんなことはしません!
と心に誓って謝ったことをハッキリと覚えています。

どんなことだったのかと言うとある日何を思ったか、神社の灯籠にある燃え残ったロウソクを見つけたのです。

その見つけたロウソクを色んなところに塗りつけて遊び出したのです。
それがエスカレートし、こともあろうか神社の狛犬の顔に塗りたくっていたのです。
今から考えると恐ろしいというか本物のアホなのかもしれない(笑)

しかもその後、ここまでくると最悪の罰当たり小僧なのですが、狛犬に馬乗りなって遊んでいたのです。

間違った英雄気取りです(笑)!!

こんなこと出来る俺スゲーだろって的なアホ丸出しの姿です。

馬鹿な遊びを終え帰宅し就寝しました。

ここから祟りとも言うべき恐怖体験の始まりです。

寝ていたら金縛りにあい上に巨大な犬が乗っているのです。
そうあの神社の狛犬です!!

ずっと睨んで吠えて唸っています。

完全無防備な寝込みの時にやってきたのです。

ただただ去ってくれという想いとは裏腹に、延々と唸り続けてきます。

もうしません!!と反省した途端です。

何事もなかったかのように去っていきました。

それから数日間は狛犬の前ではおとなしくするようになってしまいました(笑)
やはりアホなので数日ですっかり忘れていましたが…

でもやっぱりマジでびびってしまったことには変わりなく、目に見えない存在は決して怒らせてはならないと心に誓った出来事でした。

皆さんはくれぐれもマネしないように!!
こんなアホこと誰もしないって〜

まぁ俺だけかもね。こんなアホなこと!
それから大人になりしっかり詫びを入れ直し真っ当な関係性を築くようになりました。

では本題
祟りとは!?
分かりやすく雑に言うのであれば、恨まれたことで目に見えない仕返しとして何らかの災いをもらたらされることを指していると思います。
これの大きいのが祟り神とか言われるレベルのものとかが挙げられると思われます。

相手から見て反省しているとみなされた場合は許された状態に移行します。
これもあくまで相手から見てなので、相手の主観に委ねられるところがあるのです。
どういうことかと言うと、祟った相手が真っ当な存在であった場合においては、真っ当なやり方でないと通用しません。
分かりやい対応方法としては誠心誠意謝ったうえで、相手が望む要求通りにやるべきことをやるということになります。
しっかり対応出来れば万事解決という感じです。

真っ当でない困った存在であった場合は、その要求が止まることがなかったり、非合理な要求も多分にあることがあります。
これがとても厄介でエンドレスになる最悪のパターンまであります。

まぁこんな面倒なことに巻き込まれてないようにするためにも、出来たことわざがさわらぬ神に祟りなしになったのかなと感じています。

目に見える存在も目に見えない存在でも怒らせてしまえば、人間関係で起きうるようなことは目に見えない存在ででも起こりうるのです。
人間関係を大事にする人は目に見えない存在も大事にします。
人間関係を大事にしない人は目に見えない存在も大事にしないことが多いです。

目に見える・見えないに関わらず関係性というものは大切に扱っていくことで、人生は好転していくものだと書き込みながらあらためて見つめ直すキッカケとなり良かったです。

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