『修験の復興をせよ』と指令が下る

波宮のミッション

登山はかれこれ13年くらい前から行っています。
昔は単なる体力作りや霊山との共鳴により霊的覚醒を促せるということで、霊能者としての仕事をしていくのに効果的なところから取り入れていました。
それから何年か経過して5年前に奈良の大嶺回峰行と同じルートを縦走することとなり、それならば修験者として服装を整え山に入る方が粗相がないのではということで修験の白装束を身に纏って登るようにしました。
さらに行者の服を購入したら更に霊的防御が高い状態になることが分かり着るようになりました。
本人の自覚としては自分は行者ではなかったのですが…
確かに一般の方たちからすれば完全に行者でしかありません(笑)
時には山行中に敬意を表されることもあり心苦しい時もあります(苦笑)
ただこれも今では日本文化の敬意の表れなのかもと今になって思います。

今年の8月末に南アルプスを4泊5日かけて大雑把な説明ではありますが100名山の東岳、赤石岳、聖岳、光岳と縦走してきました。
今回のコースは最終日を除いて4泊5日分の食事を持参しなくてはいけないということもあり重量が16.5キロほどありました。
そして初日は標準タイム13時間という異例の長丁場です。
その後標準タイム9.10.10.8時間コースという感じの行程となります。
今までの自分であれば完走は不可能であったと思われましたので、やれるだけのことをやって挑みました。
リュックの重量を17キロとかにして登山をしたり散歩をしたりとか、ひたすら重量に慣れることから準備をしました。
身体を整えるべく痛みと向き合いマッサージを続けました。
そして迎えた当日10時間ほど経過したところで、なんとつまずいて3mほど落下したのです。
そこでなんとか身体をひねって着地したものの、着地点が悪く捻挫しました。

マジで勘弁してよと言ってもしょうがないんだけど言いたかった(笑)

正直なところ痛いので引き返すべきか続行すべきかで悩みました…
ですが続行を選択しなんとか初日の難所をクリアしました。
2日目は足首の痛みをこらえながら登山をしたところ階段の昇り降りが手すりなしでは出来ないくらいの状態となりました。
いよいよリタイアかと思われるところでしたが、なんとか粘り続けて最後まで完走しました。
今までの登山経験の中では限界を越えたものとなり大きな自信になり良かったです。

そして食事もほぼ無添加のものを選びヴィーガンにしたことで、相当浄化された状態にありました。

山行中は昔は多くの修験者が己を高めるために南アルプスを登拝していたようなものを感じました。
実際にお堂のようなものが存在していたようです。
なので祠はありませんでしたが山の頂では毎度手を合わせるようにしていました。

するとその4日目にある種のメッセージのようなものが飛び込んできました。
最初は直感からきたような感じもありましたが疲れていたせいもあり定かではありません。

『修験を復興せよ』

というようなメッセージです。

初めはテンション上がりました。
そんな重要なものを俺がやっていいのか!?
日本の霊的成長の根幹を任せるなんて、ずいぶん俺も成長したもんだなぁと呑気な感じです(笑)

ただアホでいられるのも最初だけ…

やるべきことを調べていくごとにその課題の重要性が腑に落ちだすと…

いやいや俺には荷が重すぎるよとビビってしまいました。

修験の元となった源流をしっかり捉え直して復興させていくことが要求されているようで、祖霊信仰・自然崇拝である縄文古神道的な流れのものである必要性がありそうです。
そして己の命は己のためにあらずただただ修験復興のために捧げよということです。

それでいて今の日本人に昔の日本人なら誰もがもっていた民族的アイデンティティに目覚めてもらうため働きかけを続けていかねばならないということもありそうです。

まだまだ完全に掴みきれてはいませんし、色んな情報がやってきては精査しながら模索し地盤を固めていかねばならぬようです。

本腰入れて日本の修験復興をし霊的国防の力を高めていくことに寄与していく活動をしていくことにします。

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